2023-10-18
Loglass編集部
約5分
Future

『楽天IR戦記』著者が語る、 経営企画が今押さえるべきIRのポイント

経営企画の仕事の1つに、中期経営計画の作成があります。中期経営計画は、基本的には数値目標を示すものですが、それだけで投資家の関心を得ることは難しくなってきています。
そこで今回は、NECグループに2年、楽天グループに12年間在籍し、『楽天IR戦記』の著者でもある市川祐子氏に、これからの中期経営計画に必要な要素を伺いました。

1.経営企画がIRと連携できること

ーまずは、企業経営と投資家との関係性、そして、IRと経営企画の役割はどういうものかについて聞かせてください。

市川さん:それでは、例え話で説明していきましょう。ご存じの方も多いかと思いますが、株式会社の起源は大航海時代のオランダ東インド会社と言われています。当時の貿易では、1回の航海ごとに船員や資金を集める方法を取っていましたが、航海の途中で海賊に襲われたり、船が難破したりするなど、出資者である船主にとっては大きなリスクを伴っていました。そこでオランダ東インド会社は、複数の航海に対して今の株券のようなものを発行し、また、その株券を流通させる仕組みを作ったとされています。

そのため、企業経営とは航海のようなものと捉えると分かりやすいです。企業は株主などから調達をした資金を原資に航海を行っています。しかし、航海に出た船が無事に帰ってくるとは限りません。船が沈んでしまえば、出資したお金は戻ってこないわけです。そこで、船に乗っていない外部株主にできることは、無事に帰ってくることを陸で期待して待つことしかできません。

ー株主としては不安ですよね。

市川さん:そうですよね。ですから、陸で待っている株主に対して何かを伝えなければならない。それがトラックレコードです。トラックレコードには、今船がどこにいるのか、どのような状態なのか、具体的に
言えばKPIの変化や管理会計といった現在の情報がありますが、投資家である株主が欲しい情報は現在ではなく未来の情報です。船がどこへ向かって進んでいるのか、ちゃんと陸に帰ってくるのか、つまり、どのような戦略なのか、社会をどのように変革しようとしているのか、といった情報が大切なんです。

ーこうした株主が必要としている情報をお知らせするのが、IRの仕事ということですね。

市川さん:その通りです。それでは、より具体的に投資家の仕事とIRの仕事を解説していきましょう。投資家の仕事とは、会社の未来から本源的価値を発見して、価値より安い会社の株を買って価値より高くなった ら売るというものです。一方、IRの仕事は、その本源的な価値を伝えることです。例えば、DCF(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー)の予測の材料です。

ーでは、IRと経営企画の関係性みたいなことを考えた時には、どんな連携の仕方が望ましいでしょうか。

市川さん:IRが経営企画側から知りたい情報としては、将来のフリーキャッシュフロー予測に必要な分岐点となる戦略や、過去のトラックレコードから分析した将来における機会やリスクに関する情報です。これらの情報を共有しあえると望ましいですね。

2.提示すべきは投資家が惹かれるストーリーと計算式

市川さん:企業価値の評価のために投資家が聞きたいことは、ストーリー、因数分解、キャピタル・アロケーションの3つです。まずはストーリーです。投資家にとっては、数字だけではなくストーリーも重要なんです。投資家の方々はロジックで判断するとはいえ、ロジックの核となるパ パス(なぜ社会に存在するか)や社会課題への対応などを見ています。

ー「WHY」が重要ということですね。何のためにこの事業を興して、どう社会に貢献しているのかという。

市川さん:「WHY」は一見、社員向けのメッセージではありますが、投資家も結構見ています。2つ目の因数分解とは、企業の数字を分かりやすく示したものです。売上の因数分解ももちろん重要ですが、今は収益率や資本効率といったものも重要になっています。最後にキャピタル・アロケーションです。キャピタル・アロケーションとは、お金をどう集めて、どう使うかです。どこから調達して、どう配分するか、どのような事業ポートフォリオを組むのかという情報も含まれます。

ー経営企画としては、どのような情報提供をすれば良いのでしょうか。

市川さん:細かな数字に関する情報提供が重要です。投資家の視点というのは基本は未来なんですが、細かい数字のところも一部見ています。その背景には、投資家の裏には、私達の年金を扱っているGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のような機関もいて、そこへの説明責任を投資家が負っている側面があるためです。

ですので、細かいところまで数字を聞かれることがありますが、それには真摯に対応していく必要があります。また、投資家の皆さんはNPV(ネットプレゼントバリュ )で企業価値を計算しています。そのため「どうやらこの会社は伸びそうだぞ」と投資家の方に覚えてもらうための数字、計算式を見せてあげることがポイントです。

さらに、長期投資家にウォッチしてもらうためには、KPIを提示する必要があります。これらのことから、経営企画はIR担当に対してKPIの数値を共有してあげることも大切です。

3.投資家に刺さるストーリーの作成を

世の中も組織の状況も常に変化が求められているなか、社外への情報発信において経営企画とIRの連携は重要度が増しています。

経営企画の方には、ぜひIRと定期的にミーティングを行うなど密な連携を取ってもらい、IRが必要とする情報をすぐに得られる環境を構築していただけたらと思います。そこで大切になることが、経営にかかわる情報を一元管理しておくことです。財務計画や事業のKPIといった定量的な数字から、インフレ、円安といったマーケットの変化や地政学リスクなどの定性的な数字まで幅広く情報を拾っておくことが肝になります。

また、パーパスを起点とした価値創造ストーリーに紐づくKPIを提示することで、長期投資家からプロセスへの理解が得られやすくなります。経営企画の方にはぜひ投資家に刺さる事業KPI、およびストーリーを作ってほしいと思います。

執筆者
Loglass編集部

ログラスの編集部です。ビジネス戦略、リーダーシップ、財務、イノベーションなど、ビジネスに関する面白い話題をお届けします。 最新トレンドをキャッチし、ビジネスのヒントやアイデアを提供して、成功への一歩をサポートします。