2023-10-18
Loglass編集部
約5分
Future

『楽天IR戦記』著者が解説! 加速するESG経営 サステナビリティ開示への取り組み方とは

2022年11月、金融庁から「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案が公表されました。その中で「サステナビリティに関する企業の取組みの開示」について取りまとめがされ、2023年3月31日以後に終了する事業年度における有価証券報告書等から開示の取り組みが開始される予定です。

しかし、そのための準備を具体的に進めている企業はまだ一部であり、実務として何をどのように進めていけばいいのか、詰め切れていない担当者の方も多いのではないでしょうか。

本記事は、『楽天IR戦記』著者であり、IRのプロフェッショナルである市川祐子氏をゲストにお迎えし、これから必要となるサステナビリティ開示/ESG経営について、具体的に解説していただいたセミナーレポートの前編をお送りします。

1.いまESGがなぜ必要か

市川さん:ESG経営について、「投資家がESGを要求するのは倫理観が高まったからですか?」とよく質問を受けますが、そうではありません。あくまでも経済合理性に基づいた要求であり、企業の長期的な成長に必要不可欠であるため、大企業だけではなく中小企業も取り組むべきです。大きなところでいうと、気候変動対策があります。こうした環境に関する取り組みは往々にして「地球に優しく」と表現されますが、気候変動が起きて本当に困るのは私たち人間です。

英国政府の調査分析によると、無策のまま気候変動が進んだ場合、世界各年のGDP損失は少なくとも5%以上、より広範囲の影響を考慮した場合は20%以上に及ぶそうです。一方、気候変動の対策費用として必 要なのは、世界各年のGDPの1%程度で済むとされています。(*1)
すなわち、気候問題は経済問題に直結するということ。そのため、長期的投資家が今、企業に対してESG経営を求めているということです。

長期投資家の求めるESG(マテリアリティ)は企業と社会の持続可能性の重なるところ

*1)出典:英「スターン・レビュー」(2006)
https://www.env.go.jp/press/files/jp/9176.pdf

市川さん: 「ESGとは何か」について改めてご説明すると、大きく「貢献」と「責任」2つの領域に分類されます。社会の課題解決、イノベーション創出、人材への投資や教育などが貢献にあたり、地球温暖化ガスの削減、商品やサービスの安全性向上、労働管理や人権に関する取り組みなどが責任にあたります。


また、ESGのうち「E(Environment)」と「S(Social)」がフィーチャーされがちですが、最も大事な のは「G(Governance)」です。企業統治がしっかり実行できていれば、時代ごとの環境と社会の変化にも対応できるためです。そう考えると、ESG戦略を通じて長期的な価値創造を行い、持続可能性を高めるには、ESGを経営戦略そのものと捉え、パーパスや理念の言語化から具体的な施策の実行・検証、情報の開示まで、一気通貫で実践できることが理想だといえます。

ESG戦略=経営戦略=長期の価値創造

市川さん:また、ESGの「S(Social)」の中で投資家の関心が特に高まっているのが、「人」に関する領域です。次のグラフが示すように、日本における企業の人材投資額は、30年にわたり低下し続けています。

日本企業の人材投資は低い

市川さん:さらに、米国大手調査会社であるギャラップ社が2017年に実施したエンゲージメント・サーベイによると、「熱意あふれる社員」の割合について、世界平均20%に対して日本は半分以下の6%にとどまりました。さらに怖いのは、「やる気を出そうとしない社員」の割合が23%にも及んでいる事実です。

日本企業の熱意あふれる社員はわずか6%

市川さん:エンゲージメントスコアと労働生産性、営業利益率には相関性があります。会社の「働きがい」「働きやすさ」が改善すると、売上と営業利益率が伸び、結果的にROEが改善することもわかっています。こうした課題感から、機関投資家が投資・財務戦略において重視すべき項目として「人材投資」が上位にくるのですが、一方で企業側が重視しているのは設備投資などであり、ここにギャップがあります。
だからこそ、今回の「企業内容等の開示に関する内閣府令」改正につながったのでしょう。

2.サステナビリティ開示の取り組み方

市川さん: 「企業内容等の開示に関する内閣府令」改正に及んだ日本政府の意図は、やはり「長期的に稼げる日本をつくる」ことではないでしょうか。前述したように、日本企業の中で根深い「人」の問題と改めて向き合うこと、それにより日本全体の長期的なリスクを解消していくことが、主な目的だと考えます。


では、具体的に改正された内容を見ていきましょう。

有価証券報告書の改訂の概要

市川さん: 「従業員の状況」として、ジェンダーギャップ解消のための取り組みが追加されました。さらに「サステナビリティに関する考え方及び取り組み」が新設されています。
従業員の状況については、3つのジェンダー指標が追加されました。女性活躍推進法などに基づき、公表するものを記載します。3つの指標のうち、男女間賃金格差については、まだ開示している会社が少ない
ですが、現在優先的に取り組むべき社会問題の一つです。そのためまずはここから解消していく必要があるという、日本政府の意志だと私は捉えています。

従業員の状況-ジェンダー指標を追加

市川さん:サステナビリティに関しては、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の定義に基づいて開示します。具体的な内容は以下の通りです。

サステナビリティ(全般)の4要素

市川さん:ここで重要なのは、開示が求められているのが全て「財務情報」である点です。気候関連の取り組みから生まれる財務上のインパクトを書いてください、というのがTCFDの基本姿勢です。その財務情報
を知るためにまずはガバナンスをつくり、次にそのリスクを特定する方法を検討する、まずこの2つから着手する必要があります。


続いて、人的資本についてです。以下のように、中長期の事業戦略と紐づけた人材ポートフォリオ、人材育成方針の記載が求められています。

サステナビリティ(人的資本)戦略、指標及び目標

市川さん:指標の一例を挙げてみますと、例えば人材の定着に課題を抱えている場合、定着率・離職率・エンゲージメント係数が指標になるでしょう。また中間管理職の層が薄いのが課題であるなら、管理職ポジションの充足だけではなく、管理職一歩手前の課長ポジション、課長候補となる社員の人数が指標になり得ます。事業ポートフォリオの転換を計画している場合には、当然ながら人材ポートフォリオも変わるので、配置転換やリスキリングが重要となり、そのための研修時間などを開示している企業もあります。

重要なのは、課題も含めて情報開示することです。ある企業では、社員の年代別エンゲージメントスコアを全て出し、「30代だけスコアが異様に低い」という課題を明らかにしたうえで、「この課題にこう取
り組みます」という姿勢まで開示していました。そこまで全てさらけ出していると、実情との解離が少なく、説得力が生まれ、むしろ従業員からの信頼も高まるのではないでしょうか。

最後に、ESGに関する情報開示を社内でどう進めていくか、というお話をします。まず何より、「開示のための開示」にしないことが重要です。そのためにも、戦略の実現に必要な人材の定義とその独
自指標を開示することが有効なので、そのプロセスにおける経営企画の役割は、非常に重要であることを認識していただきたいと思います。

また、ISOやSASBなどは比較可能性の観点から対投資家には有用ですが、実施する義務はなく、どちらかといえば業績・価値向上と、リスク低減の両面から開示する情報を設計することの方が、優先度が高いといえるでしょう。

もう一つ大事なのは、対外的に見栄えの悪い数字も課題として開示した方がいいということです。表面を取り繕おうとしてしまうと、例えば、表の情報を見て入社した人が「思っていたのと違う」と感じたり、今いる従業員が「実態とかけ離れているのでは」と疑問を抱いたりして、組織に対する信用を損ないかねませんので、注意してください。

PDCAサイクルに開示を組み込む

ここまで多岐になるお話をしましたが、今回の改正を推進した内閣官房も、話を聞いたところ、最初から完璧な情報開示を求めているわけではないようです。

ですから、企業のみなさんは、まずは今回、できることから着手してみてください。従業員の状況に関しては、女性活躍推進法の基本的な項目を参照し、サステナビリティに関しては、現時点で取り組みが実践できていることを記載してください。開示することで状況が可視化されますので、今後はESG経営のPDCAの中に「情報開示」を組み込み、ステップ・バイ・ステップで、企業価値を高める取り組みに注力していただければと思います。

執筆者
Loglass編集部

ログラスの編集部です。ビジネス戦略、リーダーシップ、財務、イノベーションなど、ビジネスに関する面白い話題をお届けします。 最新トレンドをキャッチし、ビジネスのヒントやアイデアを提供して、成功への一歩をサポートします。